なぜ「紫式部」か
紫式部は西暦1000年前後に源氏物語を書いた。千年前だ。
日本語で書かれた世界最古の長編小説と言われる。主人公・光源氏の恋愛と権力の物語だが、 そこに流れるのは「もののあわれ」——美しいものは必ず滅びるという感覚だ。
国立図書館のアーカイブを調べていたとき、紫式部の写本が無償公開されていた。 その文字を見たとき、これをサイケデリック・トランスのタイトルにしよう、と即座に決まった。
「No,57」という番号
これはシリーズの57番目だ。
1年で100曲、2年で180曲を作った話は#010に書いた。 その過程でつけていた連番がそのままタイトルになった。 「紫式部」という千年前の名前と、「No,57」という無機質な番号が並ぶ。
この対比が意図的かどうかは自分でも分からない。ただ、その不釣り合いが正しいと感じた。 古典文学×連番——これが「誰もいない座標」の見た目だ。
西暦1000年頃。源氏物語作者。もののあわれ。
連番。機械的。継続中のプロセスの途中点。
全部がここに収束した
この曲を作るまでに起きたことを並べると、すべてが一本の線につながっていた。
「意外と当たった」の正体
「意外と」——この言葉を今は怪しいと思っている。
データで空白を確認した。設計原則を和歌から引いた。素材を国立図書館から取った。 演歌と同じコード進行で骨格を作った。タイトルに千年前の名前を置いた。
それが「当たった」なら、意外ではない。構造が整合したから届いた、という方が正確だ。
「才能がなくても届く」ではなく——
「才能の議論を飛ばして、構造で届かせた」が正確な記述だ。
シリーズは続く
「No,57」は完成ではない。途中だ。
このdev logを書いているのと同じ理由で——TRIVIUMを設計しているのと同じ理由で—— Murasakishikibuシリーズは継続する。 マスタリングエンジンが完成すれば、このシリーズの音質も変わる。 それを記録するためにこのブログがある。
次の番号はもう決まっている。