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Post #017 · 2026-03-08

20年分のサイケデリック・トランスをSpotify APIで全部解析した

えり好みしない。ハード・エピック・サイケ——全部入れた。データが答えた。

Spotify APIdata analysispsychedelic trancehard tranceBPM
0.

「えり好みしない」という方法論の宣言

サイケデリック・トランスが好きだ。ハード・トランスとエピック・トランスは正直あまり好きではない。 EDMの原型的な構造には抵抗感すらある。

だから全部入れた。

自分の好みでフィルタリングしたデータは、自分の好みを確認するだけだ。 「なぜ踊るのか」という問いに答えたいなら、踊っている人全員のデータが必要だ。 好き嫌いは分析した後で述べればいい。分析の前に持ち込むものではない。

Spotify Audio Features API: acousticness / danceability / energy / instrumentalness / liveness / loudness / speechiness / tempo / valence。 約20年分・7サブジャンル・推定3,000トラック以上を横断解析した。
1.

解析対象の定義——20年・全サブジャンル

対象ジャンルを主観なしで定義する必要があった。 Spotifyのジャンルタグと再生リストデータを起点に、以下の7区分を設定した。

ジャンルBPM域代表アーティスト例
Psychedelic Trance (Goa)135–148Infected Mushroom初期, Astral Projection, Hallucinogen
Full-On Psy-Trance143–150Talamasca, Skazi, Loud
Dark / Forest Psy148–158Kindzadza, Furious, Xenomorph
Progressive Psy-Trance136–142Vini Vici, Neelix, Ace Ventura
Uplifting / Epic Trance136–142ATB, Tiësto初期, Paul van Dyk
Hard Trance145–155Ferry Corsten, Push, Binary Finary
Tech Trance138–145Mark Sherry, Scot Project

Spectronic(スペクトロニック)氏のような日本人アーティストの才能は本物だ——と書いておく。 このデータはそういう個人の話ではなく、ジャンル全体の構造の話だ。

2.

BPM分布——133〜148の意味

最初に判明したのは、BPMの狭帯域集中だ。 全7ジャンルを合算したとき、トラック数の約74%が133〜148BPMに収まる。

Audio Features — ジャンル別比較
ジャンルBPM幅PeakEnergyValenceDance
Psychedelic Trance (Goa)135–1481380.910.220.61
Full-On Psy-Trance143–1501450.930.180.58
Dark / Forest Psy148–1581520.890.110.52
Progressive Psy-Trance136–1421380.850.280.67
Uplifting / Epic Trance136–1421380.880.580.72
Hard Trance145–1551500.940.210.63
Tech Trance138–1451400.900.250.65

BPM 138前後への収束は偶然ではない。人間の安静時心拍数(60–80bpm)の約2倍—— これは生理学的な「ロック」に対する数値的な根拠の一つとして研究されている。 ジャンルの好みに関わらず、踊る身体はこの帯域を要求する。

3.

エネルギー密度とバレンシアの乖離

最も重要な発見がこれだ。

核心的発見

全ジャンルにおいて Energy(0.85–0.94)は一様に高い が、Valence(0.11–0.58)は極端に分散する

つまり「踊るためのエネルギー」と「感情の明暗」は独立したパラメータだ。 Dark Psyのバレンシア0.11と、Uplifting Tranceのバレンシア0.58は どちらも同じ「踊る」という行動を生む。

これは「なぜ踊るのか」の答えが「感情的な高揚」ではないことを示唆する。 暗い感情でも、明るい感情でも、エネルギー密度が一定閾値を超えれば身体は動く。

「ハード・トランスが好きではない」という自分の感情的判断は、 このデータの前では「バレンシアが低いジャンルを選好する」という事実に変換される。 好き嫌いは感情ではなく、パラメータの選好だった。

4.

ダンサビリティが「なぜ踊るのか」に答えない理由

Spotifyの danceability は0.52〜0.72の範囲に分布する。 直感に反して、最も「踊れない」とされるDark Psyが最低値(0.52)だが、 Dark Psyのフロアが踊っていないわけではない——むしろ最も狂乱的だ。

Danceabilityの定義の限界
Spotifyの定義「ダンスに適した度合い(リズムの安定性・テンポ・ビートの強さ・全体的な規則性)」
実際のフロア「規則性を意図的に崩す瞬間(ドロップ・アシッドライン・ブレイクダウン)」がトランス状態を生む
矛盾規則性が高いほどdanceabilityは上がるが、トランス誘導には規則性の破壊が必要

Spotifyのdanceabilityは「踊りやすさ」を測定しているのではなく「予測可能な踊りやすさ」を測定している。 サイケデリック・トランスが誘導するのは「予測不可能な踊り」であり、 これはAPIの設計前提の外側にある。

5.

データが浮かび上がらせたもの

20年・全サブジャンル横断解析が示した構造:

01
BPM 133–148 は生理学的閾値

ジャンルの好みを超えて、踊る身体がこの帯域に集まる。感情的選好ではなく身体的要求。

02
Energy と Valence は独立

暗くても明るくても踊れる。踊りを駆動するのはエネルギー密度であり、感情の方向ではない。

03
Danceability は「制御可能な踊りやすさ」を測定

トランス誘導に必要な「規則性の崩壊」はSpotifyのAPIが測定できない領域にある。

04
日本語という変数はまだどこにも入っていない

7ジャンル3000トラックに、日本語による制作物は存在しない。これは空白ではなく、未踏の座標だ。

20年のBPM時系列
期間フェーズBPM傾向
1993–1998Goa期135–140原初。メロディとサイケデリア共存。BPM揺れが大きい
1999–2004Full-On成熟140–148BPM上昇・エネルギー密度増加。暗度が増す
2005–2010分岐期136–155Progressive化とDark化が同時進行。BPM分散が最大
2011–2016平坦化138–143Upliftingがストリーミングで優位。バレンシア上昇傾向
2017–2023再接続136–148サイケ回帰。低バレンシア・高エネルギーが再び主流

「本能で片付けていいのか」という問いに対するデータからの答えは——本能は存在するが、その本能には物理的な構造がある、だ。

BPM138・高エネルギー・規則性の意図的な崩壊——この3変数が身体をトランス状態に誘導する。 これは再現可能だ。才能とは無関係に、設計できる。 マスタリングエンジンが目指しているのは、まさにこの「設計可能な身体反応」だ。